テラス席で瓦そばをいただく

私は逃げ恥のオタクである。

逃げ恥といえば星野源新垣結衣の初々しいやり取りをニヤニヤしながら眺めるのが醍醐味だが、ドラマに登場する料理も注目ポイントである。

ガッキー演じるみくりさんがふるまう料理の数々は勿論だが、ドラマを見て以来どうしても食べたくて仕方がない料理があった。


瓦そば

茶そばやお肉を熱々の瓦の上で焼き、温かいつゆにつけて食べる山口県ソウルフード

ドラマでは星野源演じる平匡さんが山口県出身という設定であり、思い出の料理として瓦そばが登場する。

だいたいお皿というものは \___/ こういう形を想像するのに、まさかの /⁻⁻⁻⁻\ こっち。

料理を盛り付けるのにあまりに向いてない形。人選ミス、というか皿選ミス。

その野性的な見た目と郷土感がたまらなく、一度は食べてみたいと思い続けていたところ、たまたま山口県に行く機会があり、ついに瓦そばを食することができた。


いざ食す

コロナ禍ということもあり、テラス席を選択。目の前は真っ青な日本海。そしてほどなく届く瓦そば。
……!!!

これこれ!ドラマでみたやつ!

熱々の瓦の上で茶そばが焼かれ、錦糸卵やお肉がきれいに並び、レモンと紅葉おろしで味変もいける。あたたかいつゆに茶そばをつけ、いただく。

あ~~~めっちゃ好き。

瓦の上で茶そばがパリパリになっており、それをつゆにつけていただくからこそ歯ごたえがたまらん……

 

なんて悠長に味わえていたのも数秒だった。

ここは本州最西端。目の前は真っ青な海。

 

海風をなめていた。

全部飛んでいく。海苔も、ネギも、錦糸卵も飛んでいく。

そばをつゆから引き上げると、あたたかいつゆも飛んでいく。

 

白いシャツ来てなくてよかった~~~


 

まとめ

・瓦そばはテラス席で食べるべきではない。

・瓦は石窯で焼いて提供される。石窯ピザも別メニューにあった。

 同じお店で瓦そばもピザも食べられるのは嬉しい。商売上手だと思った。

 

短歌に嵌まる

およそ2年前、急に"短歌を作ろう"と思い立った。

何がきっかけだったのかは分からないけれど急にブームが到来し、短歌を作ってはサイトに投稿し、#tanka というハッシュタグで短歌を浴びていた。

今は当時ほどの熱量はないにせよ、思いついたときに短歌を書き溜めている。


短歌は五七五七七の三十一文字から成る。

俳句と比べれば文字数が多く季語を入れる必要もないため、「俳句は情景、短歌は心情」なんて言われることもある。

三十一文字なんて少なすぎ!と思っていたけれど、その限られた文字数だからこそ、そこに詰まっている思いの緻密さに目を見張ってしまう。

たはむれに母を背負ひて そのあまり軽き(かろき)に泣きて 三歩あゆまず

『一握の砂』 石川啄木 より

あまりに有名な短歌。出くわす度に心をぎゅっとつままれる。

実際に母を背負った経験がある人はそう多くないと思う。けれど、実家に帰省する度に増えている目尻の皺や、潤いが失われたカサカサの手を見て、親に同じような思いを抱いたことがある人は少なくないだろう。人が心の内に感じている思いを三十一文字でここまで表現できるなんて。

バンザイの姿勢で眠りいる吾子よそうだバンザイ生まれてバンザイ

『生まれてバンザイ』俵万智

サラダ記念日で有名な俵万智さん。何といっても驚くのは、三十一文字しかない中で「バンザイ」三唱しちゃっているところ。生まれてバンザイの気持ちがビンビン伝わってくるし、限られた文字数で情景がしっかり思い浮かぶような短歌を作れるのも流石だ。

また短歌も日々進化しており、その自由度の高さは無限大だ。

点Pは孤独に耐えかね点Qのもとへと密かに動き出しました

数学の問題で点Pが動くたびにイラついていたが、もしかしたら孤独に耐えかねていたのかな、なんて考えると許せるかも、の歌。

6:00 6:10 6:15 6:18 6:20 6:25 6:26 6:30 6:35 6:39......社会人一日目の朝 君だけは裏切らないでおくれよ アラーム 

本文をアラーム表示に見立て、ルビ部分が短歌になっているもの。こんなのだって短歌と言い張ってしまえば短歌になる。

短歌サイトでは「自由詠」という題が設定されることもあり、普段より投稿数が多く、そこまで自由なのか……!と思ってしまうほど自由奔放な短歌が出揃う。

うまい短歌を味わうもよし、作るもよし、題に沿って詠むも詠まないも自由。

飛鳥時代 その古きから続く歌 未来永劫 楽しんでいきたい (字余り)

 

チェーン店が分からない話

人はどうやってチェーン店をチェーン店と認識しているのだろうか。

というのも、私はチェーン店をチェーン店だと認識する能力が人よりかなり劣っていることに最近ようやく気が付いたからだ。

私の出身である島根県は皆ご存じの通り、ドのつく田舎である。

今でこそセブンイレブンやスタバが展開しているが、昔はそんなものあるわけがない。

最寄りのサンマルクカフェは広島県、最寄りの無印良品広島県、そんな環境で育った少女が上京した結果、チェーン店をチェーン店として認識できない人間が爆誕してしまった。

チェーン店をチェーン店として認識するためには、あるお店を別々の場所で複数回見かけるという経験が必要なのだと仮説を立てている。

その仮説に基づけば、島根で生まれ育った人は圧倒的にチェーン店を見かける回数が少ないのだから、東京で出会う全てのお店を唯一無二の存在だと勘違いしてしまっても仕方がないじゃないか……

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このように、生まれ育った環境のせいにしてチェーン店を知ろうとする努力を怠り、チェーン店をチェーン店として認識できない私が生まれた。

島根からはるばる会いに来た両親を大衆居酒屋に連れて行き、

島根からわざわざ遊びに来た友人を大衆ファミレスに連れて行った。

そんな失敗を幾度となく繰り返しているが、やはりチェーン店はコスパがいいし外れることがないため反省はしていない。