短歌に嵌まる
およそ2年前、急に"短歌を作ろう"と思い立った。
何がきっかけだったのかは分からないけれど急にブームが到来し、短歌を作ってはサイトに投稿し、#tanka というハッシュタグで短歌を浴びていた。
今は当時ほどの熱量はないにせよ、思いついたときに短歌を書き溜めている。
短歌は五七五七七の三十一文字から成る。
俳句と比べれば文字数が多く季語を入れる必要もないため、「俳句は情景、短歌は心情」なんて言われることもある。
三十一文字なんて少なすぎ!と思っていたけれど、その限られた文字数だからこそ、そこに詰まっている思いの緻密さに目を見張ってしまう。
たはむれに母を背負ひて そのあまり軽き(かろき)に泣きて 三歩あゆまず
『一握の砂』 石川啄木 より
あまりに有名な短歌。出くわす度に心をぎゅっとつままれる。
実際に母を背負った経験がある人はそう多くないと思う。けれど、実家に帰省する度に増えている目尻の皺や、潤いが失われたカサカサの手を見て、親に同じような思いを抱いたことがある人は少なくないだろう。人が心の内に感じている思いを三十一文字でここまで表現できるなんて。
バンザイの姿勢で眠りいる吾子よそうだバンザイ生まれてバンザイ
『生まれてバンザイ』俵万智
サラダ記念日で有名な俵万智さん。何といっても驚くのは、三十一文字しかない中で「バンザイ」三唱しちゃっているところ。生まれてバンザイの気持ちがビンビン伝わってくるし、限られた文字数で情景がしっかり思い浮かぶような短歌を作れるのも流石だ。
また短歌も日々進化しており、その自由度の高さは無限大だ。
点Pは孤独に耐えかね点Qのもとへと密かに動き出しました
数学の問題で点Pが動くたびにイラついていたが、もしかしたら孤独に耐えかねていたのかな、なんて考えると許せるかも、の歌。
6:00 6:10 6:15 6:18 6:20 6:25 6:26 6:30 6:35 6:39......
本文をアラーム表示に見立て、ルビ部分が短歌になっているもの。こんなのだって短歌と言い張ってしまえば短歌になる。
短歌サイトでは「自由詠」という題が設定されることもあり、普段より投稿数が多く、そこまで自由なのか……!と思ってしまうほど自由奔放な短歌が出揃う。
うまい短歌を味わうもよし、作るもよし、題に沿って詠むも詠まないも自由。
飛鳥時代 その古きから続く歌 未来永劫 楽しんでいきたい (字余り)